制振合金の現状
制振合金の現状と問題点
科学技術の高度な発達に伴い振動問題が以前に増して急浮上している。騒音はもとより、精密機器部門においてはナノメータの振幅雑音が問題視される時代に入ってきた。その対策として、発生源となりうる機器の剛体化、発生源そのものの遮蔽など、主として設計上の配慮によってある程度の低減効果をあげているとはいえ、それらは自ずと限度があり、制振材料の併用は欠かせない。従来から振動吸収には、ゴム・鉛・樹脂・鋳鉄などが広く利用されてきたが、いま切望されている材料は、構造部材として機能する制振合金なのである。
ゴム・ゲルなどの高分子は振動をよく吸収し、一般的に合金より減衰性能は大きい。しかし、合金に比べて強さは桁違いに低いため、単独には構造部材としては使えず、高分子系材料は制振対策上では添え物でしかない[1]。出来れば構造体を兼ねる制振材料が求められている。軽薄短小を追及するこの時代にこそそれは避けていられない。それに対する応えは制振合金のより一層の開発にかかっている。
これまで開発された制振合金はいくつか報じられている。表1に最近の代表的な制振合金を示す。制振機構の観点から4つに分類され、それぞれに優れた特徴を備えた制振合金が開発され、最近は制振鋼板注1のような複合技術の製品も市場されている。古くから知られているソノストンは軍事関係の船舶に今でも健在であるが、その他の制振合金は思ったほど普及していないのである注2。多くの制振合金には制振性能面以外に応用にあたっての制約が多過ぎるからである。振動を吸収する機構や材料構成(貼り合わせか、一体型か)の違いがあるため、振動吸収性能を比較・評価することは難しく統一された方法は今のところ無い。図1は、一体型に限った代表的な金属材料の減衰性能と強さとの対比図である。
日頃からなじみのある真鍮、炭素鋼、ステンレス鋼、アルミ合金、チタン合金などは図の下方に集まっており、制振性は小さく、制振材料に該当しない。振動を吸収することで知られている鉛や鋳鉄は制振材料に属するが、 対数減衰率は0.05程度で決して高くはない。Mg合金、サイレンタロイ、ニチノール、ジェンタロイ、Mn-Cu、Al-Zn合金などは同等の制振レベルに並び、最も高い状態を示している。これから紹介するM2052 合金注3は、黒丸の2 点間を結ぶ直線上の制振性能を示し、通常は0.3である。結晶粒のサイズ調整、原料・炉壁からのコンタミ排除、適切な工程管理などの諸条件が合致すれば対数減衰率にして0.72が得られ、この値は損 失係数で示せば0.23にもなり、ゴムに近い値である。通常の製造工程においても対数減衰率にして0.2~0.4(平均して0.3)の性能は確保されており、この値であっても図の上位に伍している。
最近、制振性能は抑え目にし、経済性を配慮した合金が注目を集めている。セレナ、ウエルカームなどがそれで、応用の選択肢にゆとりが出ている。しかしそれらにも問題はある。
図1
主な制振合金の減衰性能と強さ
いままでの制振合金の問題点
制振合金の現状と問題点
制振性をもつ構造部材として古くから知られているのは鋳鉄であり、いまでも工作機械の母体・土台として活躍している。しかし、鋳鉄には多量の炭素が含有されており、それに起因した切欠き効果による脆化問題が無視できない。切削加工は容易であっても成形加工は至難である。マグネシウム合金は軽量であり、魅力的な材料である。実情は強度が低い上に成形加工はまず出来ない。アルミブロンズ、ニチノールもやはり加工性に問題があり制振合金としては一般的とはいえない。Mn-Cu 系のソノストンやインクラミュート合金は以前から知られており、主に鋳物として大型部品に活路を見出している。
サイレンタロイで代表される強磁性型合金は高い性能を顕示(最高で0.3)するが、このタイプに共通した致命的な欠点を払拭できない。すなわち、制振性能が現れる有効振幅(有効歪) の領域は狭く、その範囲を逸脱した振幅環境では制振効果は著しく減少し、もはや制振材とは言えなくなる。外部からの振動信号は限られた許容範囲内でしか受け止められない不都合が生じ、設計が複雑となり応用が窮屈である。
転位型に属する鉄系制振合金はもともと高強度であるため、振動吸収には高い応力が作用しない限り機能することは無く、用途は著しく制限される。すなわち、車輪・歯車・レールなどのように高荷重下でなければ制振性能は現れないから一般的ではない。それに制振性能もさほど高くは無い。
制振鋼板に代表される複合材は、その構造に因んだ問題があり、溶接性・成形加工性は期待できない。また、高荷重を支える構造は不向きであり、複雑形状・大型製品・精密部品・緻密品などは作れず、主に板として利用される。軽度の成形加工を施した蓋い・容器には適うが、それ以外での応用は限られる。それに、稼動中の剥離も厄介である。しかし、低廉である点は注目していい。M2052 合金は精密鋳造も可能であり、複雑な構造を要する製品にはうってつけである。それに振幅依存性は線形であり、制振性能は振幅に比例するから、塑性変形が生じない限界内であれば高振幅で使える。制振性能が応力に対して険しいピークを示す合金とは違って平坦であるから、使い方の難しさは無い。
表1
代表的な制振合金
注1 これは厳密には制振合金ではなく、金属板と樹脂からなる制振手段である。
注2 製造を中止した例が多い。
注3 原子%で、Mn73、Cu20、Ni5、Fe2 からなり、マンガンのM に続けて各残り成分元素の割合である20,5,2 の数値を付けM2052 と呼称している。合金の詳細は文献を参照のこと[2],[3],[4]。
資料提供 : 川原浩司博士