機械的性質と加工性
M2052合金の主な性質
 この合金は成形加工や切削加工が容易であり、旋盤・穴あけ加工、熱間・冷間加工に問題はない。板の供給は厚・薄板だけではなく、ミクロン単位の細線や箔にも対応できる。現に、0.1mm径の細線や0.05mmの箔は提供されている。このような薄板を用いて油圧法あるいは溶接法でベローズが作られ、その効果は計測済みである。
 硬さは工程履歴に依存し、焼鈍後ではHv100~130の範囲に入る。加工硬化率は小さいので、幅が50㎜の板においては5mm 厚から0.5mm まで中間焼鈍なしに冷間圧延が可能である。線引きは、加工硬化が小さいことがわざわいし、くびれ現象が起こりやすく、その回避に中間焼鈍が欠かせない。切削・穿孔における加工性はオーステナイト系ステンレス鋼に近く、ねばい合金の部類に属するが、バイトとの相性や冷却の適正条件さえ把握すれば切削加工に何の困難もない。

 図5はヘリウム液化温度から150℃までの機械的試験の成績である。常温における引張り強さは軟鋼程度である。低温になるほど強さは増加し、延性が減じている点は一般的な合金と同じである。
 注目点は、極低温での性質である。すなわち、ヘリウム液化温度においても十分延性に富み、破面にはディンプルだけが観察され、靭性の高い合金であることを説明している。しかもそのような温度でも制振性能は持続している。このような特徴は極低温分野での応用に期待をいだける。ゴム、鉛、樹脂はもちろん、普通の材料のほとんどは- 70℃以下で振動吸収能は低減するか、ほとんど失われ、鉛でさえ叩くと金属音を発する。これに対し、この合金は例外的な振る舞いを呈し、極低温に曝されても打音は木片に近い音を返す。
 制振性能は双晶の運動に支配されるから、その運動を妨げる因子を極力避ける配慮が必要である。加工作業や焼鈍温度からの急冷操作は合金に歪みを与える場合が多く、そのままでは減衰性能は著しく低い。しかし、加工後に900℃近辺で再度焼鈍し、その温度から徐冷処理を施せば、どんなに厳しい加工を経た場合でも減衰性能はほとんど回復する。
 加工と熱処理の組み合わせによって、結晶粒径の調整がある程度可能であるから、減衰性能と強度の相関関係を確立できる。図1にみられるM2052の指す直線がそれであり、強さと減衰率は反比例の関係が成立し、引張り強さが600MPa と200MPaではそれぞれの対数減衰率は0.1と0.7であった。減衰率0.1を選択すれば強力な制振性構造部材としてあてがうことができ、0.3 であっても構造部材として十分な資格がある。
 歪みの残存や、析出物・分散粒子の存在は、結局のところ結晶粒を小さくし、双晶の運動距離を短縮するから振動吸収性能の低減につながる。従って、可能な限り、高い振動減衰性能を要求するには細かい気配りが欠かせず、製造工程の難しさが付きまとう。実際には性能よりも強度が主となるケースも多い。通常の工程においては、対数減衰率0.2~0.4が得られ、この値であっても画期的であるといえる。
図5
M2052の主な機械的性質
温度依存性
M2052合金の主な性質
 減衰性能の温度依存性は合金のタイプで大きな違いがある。強磁性タイプは比較的高温まで性能を維持し、制振鋼板類は樹脂の流動温度で決まる。双晶はマルテンサイト変態の生成温度に支配されるため、高温型としては対応できず、200℃が限界と考えられる。

 図6(注6)は、基本組成はM2052とさほどかわらないが、遷移温度を高温側へシフトさせるため、各合金元素量をわずかに変化させた3種の合金の温度依存性を示す。合金Aは標準組成の合金である。制振性が急に劣化する、いわゆる遷移温度は50 ℃前後である。合金Bの場合、遷移温度は上昇し120 ℃位まで劣化はない。合金Cは150℃程度まで制振性が維持されている。また、組成を一定にした場合であっても、工程と熱処理の組み合わせ次第で180℃近くまでの高温対応型が得られている。図7は、同一ロットの試験片を用い、工程を変えた場合に現れた制振性能への影響例である。工程Bは、既存の工程に従った性能であるに対し、工程A は加工率と焼鈍の組み合わせを工夫して高温性能が改善した実績を示している[13]。180 ℃近傍で改善が見られ、Tan ± 値は、通常の0.02注7を上回り0.045 が確保された。M2052 合金の基本組成をシフトさせなくとも、工程を調整するだけで所望の高温性能に呼応することが可能である。組成のシフトと熱処理・工程の複合的処理によって200℃近くまでは実現可能と確信できよう。

 この合金は低温域での制振性が特異的である。図8は、標準組成のM2052合金であり、-50℃付近に山があり、裾野は広い[14]。山の頂上は険しいピークでないことに使いやすさが秘められている。測定した周波数は0:1 » 10Hz であるが、歪振幅が大きいほど制振性も高い。また、300Kから4.2Kまでの測定によれば、図9のように、230Kのピークから徐々に温度が下がるにしたがって制振性は減少し150Kでは著しく減少し、再度上昇し70Kで小さいとはいえ再び山が現れている[15]。このような極限温度付近における制振性の存在は重要でありかつ期待でき、極限環境下における振動対策で応用すべく研究が進行している[16]。
図6
合金組成のシフトによる遷移温度の変化
図7
工程による性能変化
図8
超低周波における制振性
図9
4.2K 近くでの制振性
注6 このデータは実験の都合上、低い制振性を示しているが標準処理に従えばその値は上がる。
注7 この値でも制振合金の機能は維持している。
周波数と振幅依存性
M2052合金の主な性質
 この合金の減衰は、低周波の< 0:01Hz から超音波のMHz という広域にわたって起こることが認められている。図10は、75Hz~4.3kHzの領域で行った周波数掃引法に基づく測定結果である[17]。減衰率は振幅に比例して増加するのに対し、周波数には反比例している。9次の共振周波数である4.3kHzは最も低い減衰率となっており、このデータからでは、この合金は高周波・低振幅の振動に対して無能であると誤解されかねない。しかし、音響界での実用例によれば、そのような振動は間違いなく除去されることを立証している。加えて、超音波域の3~5MHz という高周波域注8においても0.7 以上の対数減衰率が得られ、ゴム並であったという結果もある[18]。したがって、図10にみられるような、振幅が小さくなるにしたがい減衰性能は低下するデータは必ずしも正しいとはいえない。測定法に問題が潜んでいるのかもしれない。この合金は、制振性にかかわる要因が複雑で多岐にわたるため各周波数における減衰性能の詳細はまだ明らかではない。
図10
M2052 の振幅と周波数依存の例
注8 この場合の周波数はいっそう高く、かつ、振幅も非常に小さい。
その他の物性
M2052合金の主な性質
 主な物性値を表2に示す。

 磁性は、室温付近あるいはそれ以上では常磁性であり、双晶が現出する温度以下では反強磁性でる。従って、磁性を嫌う精密機器類には利用価値が高いと思われる。
 ヤング率は、組成によって敏感に変化する。組成は変態点を変動させるからである。この変態点は広い幅を有するため、組成が一定であっても使用温度で違いが生じ一義的には決まらない。その様子は図8からも容易に理解される。ヤング率の極小値は70℃であるが、他の温度では値が変化している。低温になるに従い増加し一定値に収斂する傾向はある。図には常温で70GPa を示しているが、組成と工程・熱処理によっては30~70GPaと幅がある。概略的にはアルミニウム、銀などに近いか、それを超える。
 熱伝導率と比熱はチタンに近く、金属の中では熱が伝わり難い部類に属する。熱膨張はアルミニウムと同程度とみなせる。比重はFe に近く、7.25 である。(つづく)
表2
M2052 合金の主要物性・機械的性質